ピアノで弾き語りをする人には、どこか独特の雰囲気がある。ギター弾き語りとは違って、路上で気軽に始められるわけでもなく、ステージにドカッと構えたピアノの前に座り、あくまで「弾きながら歌う」というスタイルを貫く。本人にその自覚があるかどうかはさておき、これは音楽の世界において、なかなか贅沢な立ち位置だ。

ギター弾き語りは、その身軽さと即興性で「道端でもやれるし、キャンプファイヤーでも盛り上がる」という庶民派の魅力を持つ。だがピアノは違う。ピアノのある場所を前提にしている時点で、すでに環境を選ぶ。さらに、ピアノを弾くという行為は、ギターよりもはるかに身体的な動作を必要とする。両手を自在に動かしながら、口では別のメロディを歌う──もはや脳の同時処理能力を問うゲームのようなものである。

ピアノ弾き語りの魅力とは何か?

では、そんなハードルを乗り越えてまで、なぜピアノで弾き語りをするのか? その答えはシンプルだ。「圧倒的な音の豊かさ」「音楽のすべてを自分でコントロールできる快感」にある。

ピアノは、音域の広さからして別格だ。ギターは基本的に和音のサポート役に徹するが、ピアノはベースライン、コード、リズム、そしてメロディまですべて一人で構築できる。つまり、伴奏と歌の関係性を、自分の手の中で思うがままにデザインできるのだ。バンドが不要、と言ってしまえばそれまでだが、実際のところ、バンド並みのアレンジ力をピアノ1台で発揮できるという点が最大の魅力なのである。

さらに、ピアノ弾き語りは「座って演奏する」という特性を持つ。これが意外と重要だ。立ってギターをかき鳴らすのとは違い、身体全体の動きは制限されるが、そのぶん「演奏と歌に全神経を集中させることができる」。手元の鍵盤に神経を尖らせながら、同時に歌の表現にも注意を向ける。この「二重構造の緊張感」が、ピアノ弾き語りの演奏者だけが味わえる独特のスリルでもある。

そして何より、ピアノには「重厚さ」と「知的な雰囲気」がある。たとえコード進行が単純でも、ピアノで弾くと妙に洗練された感じが出るし、たとえ拙い歌でも、ピアノの音が支えてくれることで「音楽的に聴こえる」。これは、ピアノという楽器の魔法としか言いようがない。

では、どうやったら弾き語りができるのか?

ピアノ弾き語りをするには、いくつかのポイントがある。もちろん、完璧にこなすには時間がかかるが、「ピアノがそこそこ弾けて、歌もそこそこ歌える」状態からスタートすれば、それほど難しいものでもない。

① コードを最低限押さえる

ピアノを弾きながら歌うためには、クラシック的な譜読みのスキルよりも、コード進行の理解が重要になる。つまり、譜面に書かれたすべての音をなぞる必要はない。最低限、コードを押さえられればいい。これだけで、驚くほど多くの曲が演奏可能になる。

たとえば、C(ドミソ)→G(ソシレ)→Am(ラドミ)→F(ファラド)。この4つのコードだけで、ポップスの半分以上は弾ける。逆に、クラシックの譜面に忠実に取り組みすぎると、「この曲は弾けるけど、弾き語りはできない」という事態に陥る。まずはコード進行のパターンを手に馴染ませることが大事だ。

② 左手はシンプルに、右手はメロディとコードを両立

弾き語りの最も難しいポイントは、歌と伴奏のバランスを取ることだ。特に、左手はシンプルにするのが鉄則。リズムを刻むだけでも充分機能するので、最初は単音やオクターブでベースラインを弾く程度でいい。右手は、歌のメロディを邪魔しない範囲でコードを刻む。

③ 「歌を乗せる余裕」を作る

ピアノを弾くことに意識が向きすぎると、肝心の歌がおろそかになる。最初はピアノだけでコード進行を弾きながら、頭の中で歌を思い浮かべてみる。次に、実際に歌いながら弾いてみる。すると、最初は戸惑うが、「ピアノの伴奏に乗せる感覚」がつかめてくる。この「乗せる感覚」が、弾き語り成功のカギだ。

結論:ピアノ弾き語りは「世界を支配する技術」

ピアノ弾き語りは、単なる演奏スキルではない。ひとりで音楽を完結させる究極のスタイルであり、バンドやオーケストラの指揮者になったかのような感覚を味わうことができる。音楽のすべてを自分で作り上げる、そのコントロールの快感は、他のどんな演奏形態とも異なる。

そして、何よりも大切なのは、「どこか知的で、上品で、ちょっとだけ自己陶酔できる」という点である。ギターとは違い、ピアノ弾き語りは「ちょっと特別なことをやっている感」がある。

ピアノの前に座り、自分の手で音を紡ぎながら歌う。それは、単なる音楽活動ではなく、「世界の中心に自分がいる」という感覚を味わうための、最も贅沢な手段なのかもしれない。

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