左利きだと、ピアノ弾きづらくない?
◆目次
- 右手でメロディって当然なの?
- ピアノは“右手が主役”の構造だった
- 他の楽器も、やっぱり“右利き前提”
- 左利きのピアニストたちは、どうしてる?
- 「だからって左利きピアノを作るのか?」問題
- 教育の現場に、ちょっとした配慮を
1. 右手でメロディって当然なの?
「左利きなんです」
そう言うと、「へえ〜大変じゃない?」と返される。たいていの会話はこれで終わる。
が、ピアノの前に座ると、左利きの人はそれどころじゃない違和感に出会う。
「なぜ右手ばかりがいい役をもらってるのか」問題である。
ピアノを習ったことがある人ならご存知かと思うが、たいてい最初に教わるのは「右手でメロディ」「左手で伴奏」。
右手は音階を駆け上がり、アルペジオを繰り出し、煌びやかにステージを飾る。
一方、左手はドッ、ジャーン、ドッ、ジャーン……。ときどきオクターブでうなりながら、主役を静かに支える。
えっ。
それ、左利きの人にとっては逆のほうが自然じゃない?
2. ピアノは“右手が主役”の構造だった
楽器というものは、往々にして「人間の身体に寄り添って」作られているように見せかけて、
実は「右利きの人間」にとって便利な構造をしている。
ピアノも例外ではない。
- 高い音(メロディが多い)=右手
- 低い音(伴奏が多い)=左手
という鍵盤の配置は、実に美しい。視覚的にも、音楽理論的にも、文化的にも理にかなっている。
が、ここで盲点がひとつある。
“左利きの人間”にとっては、逆のほうが自然だったかもしれないのだ。
右手で細かい動きを要求され、左手は地味な伴奏。
左利きの人からしたら、「メロディこっちに寄こせよ」という気持ちにもなろうというものだ。
3. 他の楽器も、やっぱり“右利き前提”
「いやいや、ピアノだけじゃないんですよ」と左利きの方から聞こえてきそうなので、言っておきます。
他の楽器も、基本的には全部“右利き仕様”です。
- バイオリン:左手で音程、右手で弓。はい、完全に右利き前提。
- ギター:右手でピッキング、左手で押さえる。左利き用ギターがあるだけマシかも。
- フルート:持ち方すら右利き用に設計。
つまり、音楽の世界は“右手で表現、左手で支える”文化圏なのだ。
左利きにとっては、「なんであえて不利な構造で勝負しないといけないのか」と言いたくなる状況が、最初から用意されている。
4. 左利きのピアニストたちは、どうしてる?
とはいえ、左利きのピアニストが不在なわけではない。
いやむしろ、けっこう活躍している。
- ポール・ウィテゲンシュタイン:第一次世界大戦で右腕を失ったのに、左手だけで演奏し続けた。ラヴェルに「左手のための協奏曲」を作曲させた伝説の人。
- リストやラフマニノフ:左手の動きが異常に難しい曲を平気で書いた。右利きだとしても、左手へのこだわりが妙に強い。
- 現代のジャズ・ポップ系:両手を平等に使うスタイルが多く、左手の見せ場もしっかりある。
彼らに共通するのは、「与えられた構造の中で、どうにかして自分の表現をねじ込んだ」点だ。
つまり、構造が平等でなくても、創造力で乗り越えられるということ。
でも、だからって「平等でなくてもいいよね」って話にはならないはず。
5. 「だからって左利きピアノを作るのか?」問題
ここでありがちな結論はこうだ。
「じゃあ、左利き用のピアノを作ればいいのでは?」
うん。……理屈としては正しい。
でも、現実はなかなか厳しいものがある。
- 鍵盤の構造を左右反転にする必要がある
- 楽譜も左右逆に読まなければならない
- レッスンや連弾、合奏との互換性がほぼゼロになる
- おまけに製作コストが高すぎて誰も作りたがらない
というわけで、「左利きピアノ」は夢のまた夢、または個人制作の世界にとどまっている。
6. 教育の現場では、ちょっとした配慮を
結論から言うと、ピアノは左利きに優しくない。でも、絶望するほど不公平でもない。
じゃあどうすればいいのか。
まず、教育の現場では「右手が主役」という前提を少し疑ってもいい。
たとえば:
- 左手でメロディを弾く練習から始めてみる
- 左利きの子に「やりやすい手はどっち?」と聞いてみる
- 両手を平等に使う曲を意識的に選ぶ
そうした小さな配慮が、「右手優位の世界」にひとつの風穴を開けてくれるかもしれない。


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