エレピの虜になった話
昔、知人の自宅にあった古い楽器に、妙に惹かれたことがある。
鍵盤の並びはピアノそのものなのに、音はどこか違う。ふわりと曇った音色が、壁紙の隙間から漏れてくる西日のように、静かに耳に入ってきた。
「それ、エレピって言うんだよ」と彼は言った。
その一言から、私のエレピ探訪は始まった。
目次
- エレピって、何?
- 電子ピアノとはどう違う?
- 「エモさ」の正体
- 代表的なエレピ3選
- おわりに
■ エレピって、何?
「エレピ」とは、「エレクトリック・ピアノ」の略。
つまり電気で鳴るピアノ、「電気ピアノ」……なのだが、実際の仕組みはちょっとだけややこしい。
普通のピアノ(アコースティックピアノ)は、ハンマーで弦を叩いて音を出す。
これはみなさんご存じの“グランドピアノ”とか“アップライトピアノ”のことだ。
一方、エレピはピアノのような鍵盤を叩くと、中にある金属の棒(またはリード)が物理的に振動する。
そして、その振動をピックアップ(マイクのような部品)が拾い、電気信号に変えてアンプから音を出すのだ。
つまり、エレピは「叩いて → 揺らして → 拾って → 鳴らす」という、ちょっと複雑な仕組みで音を出している。
この“間接的なリアルさ”が、後述する“エモい音”の正体でもある。
■ エレピと電子ピアノはどう違う?
確かに名前は似ている。電子ピアノと、電気ピアノ。
電子ピアノは、いわば録音されたピアノの音を再生する装置。
押された鍵盤に応じて、サンプリングされた音源をスピーカーから鳴らす。
仕組みとしてはかなりデジタルで、非常に便利。サイズも価格も現実的。
一方のエレピは、「物理的に揺れた音」をマイクで拾って出しているわけだから、
こちらはアナログ寄りともいえる。
たとえるなら、
- 電子ピアノ=高性能なピアノ風の再現装置
- エレピ=自分のクセで鳴る、ちょっと不器用な相棒
といったところだろうか。
鍵盤を押したときの“手応え”も違うし、同じコードを弾いても、エレピの方がわずかに濁りがあり、それがむしろ気持ちよく響く。
それが、“エモい”という言葉でよく形容される。
■ エレピが持つ「エモさ」の正体
「エモい音」って何ですか?と聞かれたら、私はたぶん黙ってRhodes(ローズ)の音を流すだろう。
エレピの音には、不思議な“にじみ”がある。
ピッチ(音程)がほんのわずかに揺れる。
きれいに整っていないからこそ、どこか懐かしく、人間的に聞こえる。
例えば、山下達郎の曲のイントロ、スティービー・ワンダーの「You Are the Sunshine of My Life」、テレビドラマの切ないシーンの裏側。
気づけばいつも、エレピの音がそっと流れている。
クラシックピアノが「言葉を選んで語る」のに対して、
エレピは「ちょっと黙って寄り添う」ような音を出す。
そういうタイプの楽器だ。
■ 代表的なエレピ3選
ここで、歴史に名を刻んだエレピをいくつかご紹介しておこう。
◯ Rhodes(ローズ)
エレピといえば、まずはこの楽器。
音はとても柔らかく、芯があって、ちょっと鼻にかかったような音色が特徴だ。
ジャズ、ソウル、ポップス、Lo-fiなど、あらゆるジャンルに自然に馴染む。
「ローズの音がするだけで、オシャレ指数+80%」と豪語するプロデューサーもいるとかいないとか。
◯ Wurlitzer(ウーリッツァー)
Rhodesより少し硬めで、ザラっとした音が魅力的。
ブルースやロックンロールとの相性がよく、感情の荒波をそのまま鍵盤に落とし込めるような存在。
Ray Charlesが愛した音であり、エレピの“熱い”側面を知るならこの楽器。
◯ Yamaha CP-70
弦が張られたピアノの形をしていながら、ステージ仕様のエレピ。
鳴らすと「生ピアノ寄りのエレピ」として、妙にアグレッシブなサウンドが飛び出してくる。
フレディ・マーキュリー(Queen)やピーター・ガブリエルが愛用していた。
■ おわりに
楽器には、時代を超えて人の心に残るものがある。
エレピは、その代表格といってもいいだろう。便利でも完璧でもない。でも、どこか愛おしい音がする。
人間が楽器を愛する理由が、この音には詰まっている。
ピアノとは違う。シンセとも違う。
エレピは、エレピとしてそこにある。
いつか、誰かが部屋の隅でそっと弾いたその音が、誰かの心に残るかもしれない。
それだけでも、エレピが存在する意味はあるはずだ。


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