日本にピアノが来たのはいつなのか、知っていますか?
目次
- ピアノはどこから日本に来たのか?
- シーボルトという人物について
- シーボルトが日本に持ち込んだピアノ
- 当時の日本人にとって、ピアノは何だったか
- 日本人によるピアノづくりの第一歩
- 習い事としてのピアノの広がり
- 日本の家庭にピアノがやってきた
- 現代のピアノとその楽しみ方
- おわりに:シーボルトから始まるピアノの物語
ピアノはどこから日本に来たのか?
ピアノは、今では多くの人にとって身近な楽器です。
学校、家、音楽教室、ショッピングモールなど、いろいろな場所で目にすることができます。
しかし、日本にピアノが初めて登場したのは、まだ江戸時代だったころの話です。
そのころ日本では、西洋の楽器や文化はほとんど知られていませんでした。
そんな中、ある一人の外国人が、自分の荷物としてピアノを持ち込んだとされています。
その人の名前は――シーボルトです。
シーボルトという人物について
シーボルト(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)は、1823年7月6日に来日したドイツ人です。
職業は医師でしたが、医学だけでなく、植物学や地理、文化など、あらゆることに関心を持っていました。
彼は、当時オランダの出島にあった商館の医師として日本に滞在し、長崎の地で日本人に医学を教えながら、さまざまな西洋の知識を日本に紹介しました。
つまり、シーボルトは学問と文化の伝道師のような存在だったのです。
シーボルトが日本に持ち込んだピアノ
シーボルトが日本に持ってきた品々の中には、医学書や器具のほかにも、たくさんの生活道具や文化的な品がありました。
その中に、ピアノらしき鍵盤楽器が含まれていたという記録があります。
彼は日本で医術を教える傍ら、家族とともに過ごす生活も大切にしており、音楽もその一部でした。
持ち込まれたピアノは、「スクエアピアノ」という小さな楽器であった可能性が高いと考えられています。
このピアノが日本で実際に演奏されたかどうかは定かではありません。
ただ、シーボルトの存在こそが、日本とピアノの最初の接点だったとする説もあるのです。
当時の日本人にとって、ピアノは何だったか
1820年代の日本では、鍵盤楽器そのものがほとんど知られていませんでした。
「音の出る机」のような不思議なものとして受け取られ、使い方もわからない。
西洋文化に触れる機会が限られていた時代の話。ピアノはまさに異国の象徴だったのでしょう。
シーボルトが、あるいは出島の仲間たちが、限られた空間で演奏していたのかもしれません。
静かな夜に、鍵盤を押すと鳴る音を通して、遠いヨーロッパを思い出していた。そんな情景も想像できます。
日本人によるピアノづくりの第一歩
時代は流れて明治時代に。日本は本格的に西洋の技術や文化を取り入れるようになります。
音楽もそのひとつでした。
1880年(明治13年)。ある家具職人が、オルガンの修理をきっかけにピアノの製作に挑みます。
その人こそが、山葉寅楠(やまは・とらくす)です。
彼はピアノを独学で研究し、日本で最初のピアノを作り上げました。
これが、現在のヤマハ株式会社へとつながっていくのです。
習い事としてのピアノの広がり
明治から大正にかけて、日本では教育制度が整い、女学校や音楽学校が次々と設立されました。
その中でピアノは、「教養のある女性が身につけるべき技能」として注目されていきます。
上流階級の間では、ピアノを弾けることがステータスとされていました。
ピアノのある家は「文化的で立派な家庭」と見なされていたのです。
日本の家庭にピアノがやってきた
昭和に入り、特に高度経済成長期を迎えると、ピアノは一気に庶民の間にも広まっていきます。
ヤマハやカワイといったメーカーが、品質のよい国産ピアノを大量生産。
「子どもにピアノを習わせたい」と考える家庭が増えました。
ピアノ教室も全国に広まり、家にピアノがあるのは決して珍しいことではなくなります。
現代のピアノとその楽しみ方
現代では、ピアノの形も楽しみ方も多様化しています。
- 防音機能のついた「サイレントピアノ」
- 場所をとらず手頃な価格で楽しめる「電子ピアノ」
- インターネットで学べる「オンラインレッスン」や「YouTube動画」
- 子どもから大人まで楽しめる「スマートピアノ」や「音ゲー風アプリ」
かつては「特別な家にしかないもの」だったピアノ。それが今では誰でも楽しめる身近な存在になっています。
Hanaポップスピアノでは、誰もが楽しめるピアノレッスンをご用意しています。
難しい理論は抜きにして、好きな曲を自由に弾く喜びを、ぜひ体験してみてください。


0件のコメント