ピアノが弾ける子が抱えていた苦労
小学校や中学校の時、クラスに1人はいた「ピアノが弾ける子」。
あなたはどんなイメージを持つだろうか。
手が器用で、音楽が得意で、ピアノの発表会なんかにも出ている……そんな、少し特別な存在。
けれど私は、大人になってから知ってしまった。
あの頃の「ピアノが弾ける子」は、表には出ない苦労をたくさん抱えていたのだということを。
目次
- 伴奏者という”ポジション”
- クラス替えに潜む”大人の都合”
- 体育の得意な子、図工が上手な子
- クラスメイトと「違う場所」で過ごす時間
- 伴奏者は”陰の主役”
- ピアノが弾けるって、本当にすごい
- これからのピアノとの向き合い方
- おわりに:ピアノが弾けるって、誇らしいことだ
■ 伴奏者という”ポジション”
小学生の音楽の授業で、「今日は合唱の練習をします」と言われたとき、
前に座っているのはいつも同じ子だった。そう、「ピアノが弾ける子」。
リコーダーとは違って、ピアノの伴奏ができる子はごく少数だった。
だから、音楽の授業はもちろん、学芸会、卒業式、合唱コンクール……
何かあるたびに呼び出され、「ちょっとこれ、弾ける?」とお願いされる。
自分から立候補していた子もいたけれど、だいたいは「弾ける=やる」という、
暗黙の了解のもとで任命されていた。
■ クラス替えに潜む”大人の都合”
そんなある日、私はある先生から聞いた話に衝撃を受けた。
それは、小学校や中学校の「クラス編成」にまつわる、ちょっとした裏話だった。
「実はね、クラス替えのときって、ピアノが弾ける子をバランスよく分けてるのよ」
は? どういうことですか?
「だって、全クラスにピアノ伴奏をできる子がいないと、音楽の授業で困るでしょ?
1組に3人いて、2組にゼロだと、2組は発表会で伴奏者がいないじゃない」
つまり、「音楽のバランス」が、クラス分けの重要な要素になっていたということ。
たしかに、考えてみれば当たり前なのかもしれない。でも当時の私たちは、そんな事情を知るはずもなかった。
■ 体育の得意な子、図工が上手な子
「クラス替えの秘密」と言えば、もうひとつ有名なのは「運動神経のいい子は均等に振り分けられる説」。
リレーのアンカーが1クラスに偏っては、運動会が成立しないからだ。
同じように、図工の得意な子、美術部の子、書道が上手な子……
いろんな“特技のある子”たちは、それぞれの分野で”バランス要員”として配属されていた可能性が高い。
その中でも、ピアノが弾ける子はちょっと特別だった。
なぜなら、音楽の授業では先生の右腕のような存在だからだ。
■ クラスメイトと「違う場所」で過ごす時間
私は高校のとき、吹奏楽部の伴奏でピアノを弾いていた子のことを思い出す。
体育祭の練習中、彼女はいつも音楽室に呼び出されていた。
衣装の準備もできない。ダンスの振り付けも覚えきれない。クラスのLINEも蚊帳の外。
でも文句は言えない。「あの子がいないと、音楽部門が崩壊する」から。
「ピアノが弾ける」という才能は、いつも“みんなと一緒”ではいられない理由になる。
表では「すごいね」と言われながら、内心ではプレッシャーや疎外感を抱えていた子もいたかもしれない。
それを誰にも言えずにいたのだとしたら……そう思うと、少し胸が痛くなる。
■ 伴奏者は”陰の主役”
合唱のステージで、ピアノの前に座るのは一人きり。
拍手は歌い手に向けられるけれど、その背中を支えているのはたったひとつのピアノ。
緊張で手が震えても、感情が揺れても、ミスは許されない。
そんな「孤独な責任」を、まだ10歳や12歳の子どもたちが背負っていた。
それでも、弾くたびに少しずつ上手になり、拍手を受け、先生に信頼され、
いつの間にか「このクラスにいなければ困る人」になっていたのだろう。
■ ピアノが弾けるって、本当にすごい
今、大人になって思う。
小学校のとき、ピアノが弾ける友だちが本番でスラスラと弾いていたあの姿。
あれは単なる「器用な子」ではなく、とんでもない努力と責任を背負った演奏だったんだ。
音楽の授業で、みんなが声を合わせて歌うとき。
そこにひっそりと、でも確実に「屋台骨」として存在していたピアノ伴奏者たち。
彼らがいたからこそ、あのハーモニーは成り立っていた。
■ これからのピアノとの向き合い方
今の子どもたちにも、昔の私たちと同じように「ピアノが弾ける」という理由で
呼び出されたり、責任を任されたりしている子がいるだろう。
でも、その子が孤独にならないように、大人たちがちょっとだけ気づいてあげられたらいい。
「すごいね」と言うだけじゃなくて、「大変だよね」と声をかけること。
そしてできれば、「あなたのおかげで、音楽ができてるよ」と伝えること。
その一言で、救われるピアノ伴奏者が、きっといる。
■ おわりに:ピアノが弾けるって、誇らしいことだ
ピアノが弾ける子は、すごい。
だけどそれは、ただ指が動くからじゃない。
その音に、誰かを支える力があるから。ひとりきりで、舞台を作っているから。
大人になった今、ようやくそれが見えてきた。
「ピアノが弾ける子」たちに、ありがとうと言いたい。
あなたがいたから、あの合唱は、ちゃんと音楽になったんだよ、と伝えたい。


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